でぃするだいありー?

そんな気はないんだれど、でぃすっちゃってる。 でぃすでれ?

厚いとんかつの店

昨年春、転勤で転籍した拳士から、当地に来訪予定がある旨、連絡を受けた。
仕事が多忙なこともあり、引っ越した先で都合のよい稽古場を見つけていないという。もくろみとしては久々に稽古したいということだったが、あいにくと先月今月は稽古日が常とは異なっており、本日は稽古がない。

とりあえず飯を食うことにする。

メールを数度やりとりしているうちに、転勤の直前話題に出た「日本一とんかつの厚い店」を思い出し、いろいろ画策して実現の運びとなった。
そのためだけにヘルメットが持参され、久々の二ケツにて店に赴く。心配された雨天は幸いなことにその気配もないが、数日前とはうってかわって肌寒い。微妙な日ごろの行い加減である。

何年か前に足を運んだとき以来のトラウマは、飯の盛りである。そのときのことは、どんぶりに山と盛られてきた米を、なんとか完食したということしか思い出せない。
今回は事前にその旨を告げ、飯の盛りは加減してもらうことにしたが、とんかつと併せて食せば満腹もいいところで、あきらかに食い過ぎである。2cmのヒレカツを食したが、この上のサイズは挑戦する気にもなれない。

食休みという習慣などもちあわせていないが、休まなくては二ケツで駅まで送り届けようなどという気にはなれず、二時間あまりをとんかつ屋で過ごす。話題はもちろん少林寺拳法で、昨今の我が身の発見などを語り、彼のその気を誘う。

釣ってみれば、合気道を始めたことをカミングアウトした。
印象を尋ねてみたところ、あえてそうしているのか、そのような体系がないのか、いずれかは不明だが、才能に大きく依存するという意味において、理合の体得は理屈ではなくフィーリングによるところが大きいらしい。これは、武術を始める前から我が身が抱いていた印象と重なるものである。
少林寺拳法で学んだ経験が合気道の技術習得に多いに役立っており、枝葉の差異などとともに、到達点は同様であろうというということを語ってくれた。これは、武術を始めてから我が身が抱くようになった印象と重なるものである。

重心を強く意識する昨今、太極拳に興味があることを打ち明けつつ話は弾んだが、楽しい時間は過ぎるのが早い。

「日本一とんかつの厚い店」が、「世界一とんかつの厚い店」になっていたことは余談である。