でぃするだいありー?

そんな気はないんだれど、でぃすっちゃってる。 でぃすでれ?

Fate/Extra Last Encore

Netflixさんが戻ってというので、そういえばネトフリ専用コンテンツ(2019/03現在)として本作品が存在していたなと、戻ってみることにした。

Fate/stay night』で主人公が赤毛である理由。切嗣をじいさんと呼ぶこじつけ。魔法陣の遺産。これらが象徴するものの相似形として、『Fate/Extra』の根っ子には『ゼーガペイン』があると感じている。そしてまた、ゲーム『Fate/Extra』は恐らく構想として先に『Fate/Extra CCC』があったのではないかと感じる。

ゲーム『Fate/Extra』は、バトルロイヤルからトーナメント戦に形式を変えただけで、基本的には聖杯戦争で語ることができ、ムーンセルやそれを包括するSF的なアレコレをそれほど思い悩む必要はなかった。トワイス・ピースマンの主張だけは言っとけだったが、彼が語るところの「収穫期がない」は創作世界の中のことだけと思えば心中で逆巻くもの――実世界は、収穫期どころか未来にツケを回してるだけだ――も抑え込めた。
ゲーム『Fate/Extra CCC』は、ロジカルであるべきSF設定を追加したがそれは文学的に糊塗せねばならぬものであり、それを量子に押し付けた。それがはっきりと感じられるシロモノだった。しかし、桜要素というメンド臭さで気を逸らさせることによって、矛盾とかそうじゃねえだろとかいうカンジをあまり喚起させられずに済んだ。

Fate/Extra Last Encore』は、『Fate/Extra』シリーズでしたりなかったオマージュの一つであろう。すなわち、ラストシーンである。『Fate/Extra』シリーズのエンディングが個人的なものであったから省いた「結果、そうなった世界」を表現したかったのだろうと思う。あのラストシーンではまったく足りないが、そのように思う。というか、途中がわりとどうでもいいので、そうとしか感じられなかった。
一つの結末としてはまあ満足したといえる。

アニメとしては以下の不満点がある。

  • 3月のライオン』でも感じたのだが、いわゆるシャフ度やそれに付随する演出がまったくもってフィットしていないことが強く感じられる。『化物語』だと妙にいいカンジになるのだが、それ以外だとウザいと感じる。フェミニンな演出と乖離しているからかもしれない。
  • 上半身を極度に前傾させ腕を振らずに走る。戦闘シーンで頭から相手に突っ込む。武器を持っていたとしても。これは本作品に限らず近頃主流のモードであるらしい。きっと作画コスト的には神なモードなのだろうが、とても馬鹿っぽく見えて嫌いな描き方であるので、そんなシーンが出ただけでその作品の戦闘シーンは価値なしと見なす。
  • 敵の見栄、それを否定する主人公サイドの見栄。製作サイドの知能程度が伺い知れて興醒めである。世界を滅ぼそうというなら、もっと頭良いフリさせてあげて。それを否定するのが少年ジャンプ的熱血でも我慢するからさ。あるいは頭悪い理由で世界を滅ぼすなら、理知的にそれを否定して。どっちも馬鹿だと「口喧嘩で馬鹿を連呼した数が多い方が勝ち」を傍観させられるようで辛い。
  • 負傷描写。記号の意味も果たしてないので、いらないんじゃない? 戦闘シーンを書く職業の人は一度、格闘技の試合に参加すべきだと思う。ほんと馬鹿みたい。

キャラについては、凛を除いてはよい「その後」あるいは「if」だった。本作品の凛は不遇で、Fateシリーズの看板であるがゆえに立ち位置が不安定になってしまったように思う。当初予感させた「ネロと主人公の物語」が不確かなものになってしまった。6階層クリア後は眠ったままでもよかったんではないかと思う。それだけでも十分に、ラストシーンに立たせたいと主人公が願うキャラとして成立していた。