でぃするだいありー?

そんな気はないんだれど、でぃすっちゃってる。 でぃすでれ?

読物 『梶原一騎伝 夕やけを見ていた男』

 当時梶原は、週刊誌の取材に応えてこう語っていた。
「どうも今の先生と昔の先生は違うような感じがする。僕は、けんかばっかりするし、いじめっ子だし、要するに教員室のブラックリストに載ってたわけ。そうすると、ある先生が僕を放課後残して、二時間も三時間も諄々と説いて聞かすんだ。たった一人の問題児のために、何時間も費やしてくれた。誰もいないガランとした教室で二人だけ。外はだんだん暮れてきてね。そういう光景と先生ってのがダブって、なにかとても懐かしい。懐かしくもあり、こわくもあり、やさしい存在でもあり……。あの先生だって、今の僕よりずっと若かった。青春のド真ン中だった」
「今の子供たちにはいろいろ弱点もあるけれど、ひとついいものがある。そういう右翼チックなものに対する敏感な拒絶反応です。これは世の中の流れが自然にはぐくんできたものでね。屁理屈だとか、行動を伴わない大ボラとか、そういうものには本能的に拒絶反応を起こす。ナウというか、自由感覚というかね、それは唯一ともいえるいいところなんだから、変な右翼チックなものでぶつかっていくのはよくない。ただひとつのいいところを摘んでしまうようなものだ」(以上『サンデー毎日』昭和五十六年三月十五日号「梶原一騎が『校内暴力』を斬る」)

-P.472より

「行くぞ」
 またか、と思った。
 後頭部に三段腹を思わせる肉のひだをもつこの男は、他者に好ましからぬニックネームを与える性が因果となって、幾つもの不名誉なニックネームを応報されている。ややデッパだからラビット=「ラビ」と呼ばれ、後頭部の三段腹様から「バラ」と呼ばれていた。
 第一に体格がモノをいい、第二にレッテルを貼られているかどうかが重要な社会だった。その男は縦にも横にもでかく、おまけに足も速いという難物で、逃げようとも追い回され、抗おうとも力でねじふせられることが常である。力あるいは体格で同レベルにある連中も、今思えば内心のウザさを顔に出していたように思うが、同時にまたそいつを恐れていた。いわゆる不良らも同様である。
 給食後の休み時間のことである。この社会ではもっとも長い休み時間だが、長すぎるということはない。どこに行くというのか。
 その頃、その社会での流行は『あしたのジョー2』だった。ジョーが走れば走り、マンモスと練習をすればスパーリングをする。「行くぞ」というのはつまり、「ロードワークに行く」ということである。熱に当てられたヤツらとその輻射熱にあぶられたヤツらがアホ面下げて徒党を組み、廊下を整然と走るのである。反社会秩序的行為だが、不純ではない。教師らは対応の困難さを噛みしめたことだろう。
 「仲間」に誘われたことに若干の嬉しさが含まれていたからこそ、「行くぞ」といわれて無碍にもしなかったのかもしれないが、運動は好きではなく、特に走ることが嫌いだった。だから、「ロードワーク」は嫌で仕方なかった。
 「スパーリング」も同様だ。一昔前のような、スポーツの名を借りたリンチではない。あくまで「ごっこ」、かわいいものである。だが、その気もないのにつきあわなければならない「ごっこ」遊びなど、しらけるしかないものである。
 昨日は木人房をやり、明日はデクに秘孔を試す、絶えず流行する我らの今日は、当時、迷走していた。
 我が中学生時代のことである。


 投げてからミットに届くまで三十分かかる演出は好きではない。
 打撃が効いていることをくどいほど描写するテンポが好きではない。
 前回のおさらいを十五分やることに耐えられない。
 他者が「熱いッスよ!」と熱を込めればこめるほど冷めた。熱いだけで内容に乏しいことが常であったからだ。冒頭の引用は、つまりはそういうことなのかもしれないと思い当たったからだが、共感には至らない。世代がもつ基礎知識の飛躍的増大によると説明されるほうがまだ肯ける。
 我が身がサルだった頃のエピソードを語ったのは、直撃ではない我ら世代をも炙った一例を示すためで、炙られなかった我が身を語るためでもある。ウザさが先にたち、またアニメ作品にも耽溺することはなく、当時漫画作品も読んでいたはずだが、とりたてて好きな作品ではなかった。
 そういう人物が本書の読者たりえたことを語るためである。

 梶原一騎の名を知ったのは十歳くらいのことであろうか。床屋だったか塾の待合席だったかに『空手戦争』があり、読みふけった覚えがある。その頃また、コロコロコミックを卒業して少年週刊誌を読むようになり『プロレス スーパースター列伝』にもその名を見つけていたように思うが、特に意識することはなかった。
 『あしたのジョー』の原作者であろうことを当時知り得ていたか否か、いつ知ったか、さだかではない。ちばてつやの作品という印象しかなかったようにも思う。

 さておき。
 このような身の上のものであっても、本書は面白いといわざるを得ない。枚挙に暇のないエピソードをもつ人物が題材だからでもあろうが、それを語る筆致の巧みさも無視できない。
 この手の評伝は是のみ採られ、非はみなかったことにされるようで、個人的にその顕著なところは大山倍達伝であろうか。だが、本書は非も語り、しかしそれはオブラートに包んだ上丁寧な包装がなされ、リボンまでかけられて慎重に配達された趣がある。非を是とするがごとく筆を執った著者の魂をうかがおうと試みれば、そこには梶原印の焼印がまだ煙を上げていることが察せられる。梶原よりの文章ではあるが、そこには擁護というよりは実物大の人間を語ろうとする心根があるように思え、不快ではない。

 自らの思惑を離れて「物語が走り始める」ことを喜ぶ作家がいる。
 個人的には、そのような現象から傑作が生まれることは、そのような現象が起こらなかった作品が傑作となることと等しく稀有なことであろうと考える。誰がいいだしたのかということはこれまで考えたことがなかったが、現在これを言う作家らはおそらく、梶原を起源としているのではないかという疑いを抱くに至った。
 暴走した作品がどうなるのか、僕たちはよく知っている。それを唱える作家は遅筆だったり、作品を自画自賛していたり、ロリっ子魔女を登場させたり、広げた風呂敷をたたみもせずに燃やしたりする。ヒマラヤに旅行してしまったりすることは、「残高はゼロになっちまった」とうそぶいた梶原を知ってのこととして許すとしても、筆の赴くままを御してこそ作家ではないのか。
 しかしながら、これを唱えるものはおそらく、小説より奇なりということを、よく認識しているからであろうとも考える。本作品が傑作かどうかはともかくとして、これまでに読んだいずれの梶原原作作品に遜色なく面白いことを思えば、梶原一騎という人物像もまた、梶原の作品として評価すべしということなのかもしれない。