でぃするだいありー?

そんな気はないんだれど、でぃすっちゃってる。 でぃすでれ?

新・弁当のおかず考1

オフィスが開くまで、オフィスの裏手で待つ。携帯灰皿を持参していれば一服するところだが、こんな日にかぎって持ち合わせていない。仕方なく、ぼーっと待つ。
なにげなく視線を巡らせると、隣家の屋外物置と思しき建造物、一般的成人男性の身長程度の高さの軒をもつその屋根に猫を見つけた。

淡いグレイのぶちの猫。寝ているかと思えば目を開き、と思えば閉じる。微動だにせず、そんなことを繰り返している。野生の睡眠か。そんなそぶりをみせたのは、あるいは我が身が彼を観察していたからかもしれない。彼我の距離およそ10メートル。

しばらく彼を観察していると、彼の後方、やはり隣家の家屋の一階部分の屋根に、猫があらわれた。黒いぶちの猫。
灰と黒、二匹の猫を交互に観察していると、ほどなくして、やや小柄な猫があらわれた。第二の猫と、白黒のありようが対照的である。
第二の猫が、第三の猫を熱心に毛づくろいしはじめる。第三の猫は我が視線を認識しており当方に注意を払っているが、第二の猫は頓着していない。
やがて、第三の猫が第二の猫の毛づくろいをしはじめた。ときおり当方をちらりとみやるのは、やはり我が視線を十分に認識いるからで、そしてそれを知らせているかのようである。
その間、第一の猫は、周囲のことなど関せずとばかり、身動きといえば、ぽつりと落ちた雨のしずくに耳を動かしたのみだった。

ネコ科とヒト科の対照に思いが及んだところで、オフィスが開いた。


ここのところ、弁当というか料理には失敗が続いている。
のレシピは人類にはなしえない奇跡なのか。否、精進が足りないのだ。だが、ごはんものレシピは避けた方が懸命かもしれない。
あげたま(生玉子を揚げる)など簡単ウマーなレシピを体得してしまうと、つい調子に乗ってメンドイのに手を出して後悔することとなる。

簡単でうまい料理を至上とする我が身であり、省力可能であればその限りではないが、うまくても手間がかかりすぎれば二度と作らない。
今回初挑戦の「いんげんの胡桃味噌和え」はそんなレシピの一つとなった。胡桃の殻を割るのはともかく、実の渋皮?を剥きまた擂るのが難である。
逆に、繰り返して習熟し、そうではなくなったものが「コロッケ」。十分に熱を冷まさぬまま冷凍庫にいれたのだが、翌朝タッパの内部がえらいことになっていた。大丈夫かなと思いつつ、駄目だったわけである。

料理は嫌いではないが、朝料理するのは嫌いだ。アレコレ考えるのが面倒、というのがおそらく最大の要因であろう。コロッケや唐揚げなど、前日から仕込んでおき、考えずに調理できるのならばその限りではないらしいことを、弁当作りで実感した。