でぃするだいありー?

そんな気はないんだれど、でぃすっちゃってる。 でぃすでれ?

マオ―誰も知らなかった毛沢東

(一九三一年末のこと)[ひとりの役人がやってきて]手帳を取り出し、名前を読み上げはじめた。名前を呼ばれた者は中庭へ行って立って待つように、という命令だった。中庭には武装衛兵がいた。何十もの名前が読み上げられた・・・・・・わたしの名も呼ばれた。わたしは恐ろしさのあまり、全身に汗をかいていた。そのあと、わたしたちは一人ずつ尋問を受け、一人ずつ嫌疑を解かれた。たちまち、拘束されていた全員が釈放された。そして、罪を着せられるもとになった自白書類はその場で焼却された・・・・・・

 しかし、わずか数か月で、周恩来はこの緩和策に終止符を打った。ほんの短期間締めつけを緩めただけで、共産党の統治に対する批判が噴出したのである。政治保衛局の人間は驚いて、「粛清を緩和したところ、反革命分子どもが・・・・・・ふたたび頭をもたげた」と掻いている。もうこれ以上の処刑や逮捕はないだろうと楽観した民衆は、団結して共産党の命令に反抗しはじめた。共産党による統治はつねに殺人を続けていないと不可能であることが明らかになり、すぐに処刑が再開された。

上巻 P.186

★ヤルタ宣言にはこれらの条項(中東鉄道や大連と旅順における治外法権など)は日本のロシアに対する賠償として書かれているが、現実にはこれらの利権は中国からの搾取である。チャーチルは、「ソ連が中国の負担において賠償を要求するならば、香港に関する我が国の決定にも有利に働く」という観点からこれを歓迎した。話し合いが中国領土に関する内容であったにもかかわらず、中国国民政府はこの件について何も知らされず、事前の相談もなかった。アメリカは、スターリンの許可が出るのを待って合意内容を蒋介石に伝えることを約束してスターリンに振り回され、しかもそのあと蒋介石から承諾を取り付ける交渉役を引き受けて、ますます自分の首を絞める愚を犯した。結局、蒋介石アメリカからヤルタ会談の合意内容について通告を受けたのは、会談から四ヵ月以上も経過した六月一五日であった。これは同盟の相手国をあまりに軽視した扱いであり、後日に禍根を残した。

上巻 P.474

 中国軍は唯一の強みである数の利を生かして、「人海戦術レンハイチャンシュー」で戦った。イギリス人俳優マイケル・ケイン朝鮮戦争に徴兵された経験があり、著者のインタビューに答えて、自分自身も貧困家庭の出身だったので朝鮮戦争に出征するまでは共産主義に共感を抱いていた、と述べた。しかし、戦場での経験から、ケインは共産主義に対して永久に消えない嫌悪を抱くようになった。中国兵は西側の弾薬が尽きるまで次から次へと波のように押し寄せてきたという。それを見て、ケインの頭に抜き難い不信が生じた。自国民の生命をなんとも思わない政権に、どうしてぼくへの配慮など期待できようか、と。

下巻 P.68

 わずか二年前に大飢饉があり、そのつらい記憶も癒えない時期だけに、エリートの中には原爆にどれほどの金がつぎこまれたのだろうと考える者もいた。政府もそうした疑問の重さを感じており、周恩来は上層部に対して、中国は非常に安いコストで原爆を製造できた、わずか数十億元を使っただけだった、と話した。実際には、中国の原爆には四一億ドル(一九五七年当時の価格)が投下されたと推定されている。これだけのドルがあれば、すべての中国人民に二年間にわたって一日あたり三〇〇(キロ)カロリーを余分に供給するだけの小麦を買うことができる――大飢饉で餓死した三八〇〇万近い人民全員の命を救うのに十分な量だ。毛沢東の原爆は、アメリカが広島と長崎に落とした二個の原爆が奪った人命の一〇〇倍に相当する中国人民の命を奪ったわけである。

下巻 P.269

 一九七四年、毛沢東は自分を世界のリーダーとして売り出すべく最後の試みに出た。こんどは軍事力ではなく、毛沢東が中国こそ世界第一位だと胸を張れる分野、すなわち貧困を売り物にする作戦だった。毛沢東は「三つの世界」という新しい概念を提唱し、ソ連を除く貧困諸国を「第三世界」と呼んで、自分こそ第三世界の盟主とみなされるべきである、と強く示唆した。たしかに、毛沢東は漠然とした意味で第三世界のリーダー的存在とはみなされたかもしれないが、第三世界の国国は毛沢東の命令に従うつもりなどまるでなく、毛自身も確たるリーダーシップを発揮したわけではなかった。それに、「第三世界」の概念など、鼻っ柱の強い某アメリカ人外交官が指摘したように、「だからどうだというのだ?」という程度のものだった。

下巻 P.504 

本書に至った遠因は多分、少林寺拳法の教範かなにかに、毛沢東の言葉が記載されていたことであろう。
毛沢東という人物の名を初めて知ったのは小学校だか中学校だかの教科書で、その時になにか強い印象を得た記憶はない。どこで強い印象を得たのか忘れてしまったが、その印象は大躍進政策または文化大革命とセットで、もの凄い数の死者を出した独裁者であったというふうに得られた。それゆえ、なおいっそう、少林寺拳法が言葉を引用したことに違和感を覚えたわけだ。中国との国交回復を働きかけていたというから、なにか事情があったのかもしれない。

天文学的」数字というと、個人的には京あたりからかなと思っていた。調べてみたら、兆、場合によっては億からという見解であるらしい。本書の上巻は「天文学的」という表記が頻出する。その幅は二〇〇万元から二〇〇〇億元で、これは中国に属するある習慣を思い出させる。都合の悪い数字は三分の一に、都合の良い数字は三倍にするというものだ。

下巻、筆致が冴えわたって、一部小説風になる。著者が、毛沢東の思いを代弁する。『ワイルド・スワン』を読んでいないので、著者がどのように自身を総括したのか知らないのだが、紅衛兵もなにもかも、全ては毛沢東が悪いということにしないとそんなにも都合が悪いのかと勘ぐってしまう。

これらのことから、本書の内容はそれなりに割り引いて受け止めることにした。
だとしても、本書の主人公がゲスでクズだということには変わりない。本書は非常に面白いのだが、主人公が胸糞野郎なので、読むのが辛いという矛盾を抱えている。本書に記されているようなことをやらかしているのに生き延びて大往生ともいえる最期を迎えられた理由が全く分からない。声のでかいやつが強かったということか。

 『ザ・コールデスト・ウィンター 朝鮮戦争』でも感じたことだが、スターリン無双すぎ。本書の記述からは、ほとんどなんでも手玉に取っていたように見える。
そのスターリンさえ、毛沢東はわりとうまく転がしていたという。ホントかいな。

『ザ・コールデスト・ウィンター』ではすっきりとしなかった朝鮮戦争の発生理由、こちらは手をつけようと思ってまだ果たせていなかったベトナム戦争が泥沼化した理由、双方について本書は見解を述べている。裏を取るまで、当座の事実としておいとこう。

二十世紀の出来事について幾つか本を読んできたが、どれを読んでも思うのは、アメリカのしでかし感である。余計なことばっかりしてる。なんでだろう。後世の視点だからか。かなり感情的にやらかして、事後により大きな問題を残して颯爽と去っていく。そんな印象しか抱けない。